サーロー節子さん演説を控え会見 経歴はどんな人?夫はカナダ人

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今年のノーベル平和賞を受賞したICANのベアトリス・フィン事務局長と、カナダ在住の被爆者・サーロー節子さんがオスロで記者会見をしました。

サーロー節子さん、我々は被爆国でありながら、この方のことを知りません。

サーロー節子さんとはどんな経歴の持ち主なのか、またカナダ人である夫はどんな方なのか確認していきましょう。

 

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ノーベル平和賞2017

2017年のノーベル平和賞は、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」、通称ICAN(アイキャン)のベアトリス・フィン事務局長が受賞しました。

2007年にオーストラリアで設立され、その名の通り核廃絶を訴え続け、世界中で活動や公園を行ってきた団体です。

私は日本に住みながら、このような団体があったことを知らず、恥ずかしい思いもあります。

それだけ日本が平和であるということもありますが、北朝鮮の脅威など、再び核の恐怖が迫っていることをしっかりと考えないといけませんよね。

ICANのベアトリス・フィン事務局長は

「広島、長崎の被爆者全員へも与えられる賞だ」

「今回の受賞で核兵器の非人道性についての認識が広がり、核兵器廃絶を求める取り組みに弾みがつく」

「今まで以上に連携を強化しながら(核廃絶の)目標達成に取り組みたい」

と、コメントを出しています。

 

オスロで会見

12月10日の授賞式を控えた9日に、オスロのノーベル研究所でベアトリス・フィン事務局長とカナダ在住の被爆者・サーロー節子さんが会見を行いました。

2人は10日の授賞式で演説を行う予定になっています。

会見でサーロー節子さんは

「何があっても決して核兵器を使わないで」

「日本の大半の人々は平和や核兵器をなくすことに関心があるが、(安倍晋三)首相はトランプ大統領の政策を深く信じ、被爆者の願いや人々の声に聞く耳を持たない」

「唯一の被爆国だから恐怖をよく知っている。日本は平和運動の先頭に立つべきだ」

「一貫性がない」

「政府への敬意や信用を落としており悲しい」

と、日本政府の姿勢や、安倍首相に対しての悔しい思いを述べました

被爆者であるからこその意見です。日本は唯一の被爆国でありながら、アメリカの参加に入り非核化という最大の目的がぶれてしまっている点を残念に思っているのでしょう。

ところで、このサーロー節子さん高齢でありながら、カナダからオスロへ出向き、お体は大丈夫なの?と思われたかもしれませんが、実は世界中を飛び回っている、スゴイ方なんです!

 

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サーロー節子

サーロー節子さんは旧姓・中村節子さんと言います。1932年広島県生まれの御年85歳です。

写真を拝見する限り、車いすを使用されているものの、まだまだお元気な様子ですね。

広島女学院時代(当時13歳)に

学徒勤労動員され暗号解読作業の訓練を受けますが、1945年8月6日に爆心地から1.8キロの場所で被爆、建物の下敷きになりますが九死に一生を得ます。

実は被爆前、サーロー節子さんの父が英語の本を呼んでおり、いずれ英語が必要になると親子で感じていたようです。結果としてその英語がサーロー節子さんのその後を造っていきます。

その後は

  • 広島女学院大学卒業後、1954年アメリカ留学。社会学を学ぶ。
  • バージニアで1年を経て1955年、ワシントンD.C.で結婚。
  • カナダ・トロントへ移住。
  • トロント大学で社会福祉事業の修士号を取得、ソーシャルワーカーになる。
  • 広島・長崎の被爆写真パネルの展示で世論喚起の活動、被爆体験を語る活動を世界中で行う
  • 2007年カナダ政府より勲章を授与

と、精力的に核廃絶に関する活動を行っています。

核の最大の被害者でありながら、先頭に立って訴え続ける活動をする姿には頭が下がりますね。

 

ベアトリス・フィン事務局長はサーロー節子さんを

「ICANの広報担当役として重要な役割を果たしてきた」

「私が知る最も勇敢な人物だ」

と称えています。

 

夫はカナダ人

さて、サーロー節子さんの、「サーロー」という名前が印象的ですよね。英字表記ではSetsuko Thurlowとなります。

これは1955年にワシントンで結婚した旦那さんの苗字ということになります。

カナダでは正しくは「セーロー」という発音になるそうです。

サーロー節子さんの夫はカナダ出身で、関西学院の英語教師をされていたそうです。結婚後にトロントに移住したのも、夫の故郷やゆかりのある土地であったのかもしれませんが、「バージニアには異人種間の結婚を禁じた法律があり、カナダにはごく近しい家族や親戚を除いてアジア人の移民を禁じた法律がありました」ともサーロー節子さんは語っています。

夫が現在もご健在なのかは不明ですが、2人の息子さんがいらっしゃるようです。

当時にアメリカ留学し、カナダ人と結婚するという国際結婚はとても珍しかったでしょうね!

世界で活躍するキャリアウーマンの先駆けという言葉がぴったりですね。

 

 

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